豊臣秀吉(とよとみひでよし)

百姓の身から
織田信長に仕え、武士になり、天下人になる超実力派の
豊臣秀吉。すごいのは、特に苦学したわけでもないのに、頭の回転が早すぎること。秀吉はいくさにおいて、血を見るのが嫌いでした。その為、兵糧攻めを得意としました。また、真夏のいくさには敵、見方に関係なく日照りよけに傘を配るなんとも人情に厚い人でした。
しかし天下人になってからは、転落していきます。2回に渡る朝鮮への出兵は秀吉ご乱心説から、本気で世界征服を企んでいたとも言われてます。朝鮮は本当にいい迷惑でしたが、日本も多くの犠牲者を出しました。
そして、息子豊臣秀頼だけを心配しながら62歳の生涯を閉じました。辞世の句は「露と落ち露と消えにし我が身かな なにわの事も夢のまた夢」。天下人とは思えないせつない心情を綴っています。
豊臣秀吉の輪
家族
息子:豊臣秀頼 側室:淀殿
養子:
小早川秀秋
宇喜多秀家 豊臣秀次
黒田官兵衛
竹中半兵衛
徳川家康
前田利家
毛利輝元
宇喜多秀家
加藤清正
福島正則
石田三成
大谷吉継